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歴史

横浜近代化の象徴 旧横浜港駅プラットホーム

1505-06

横浜赤レンガ倉庫の中に入れば、説明板などでその歴史が紹介されているので知識をお持ちかもしれませんが、今回は横浜赤レンガ倉庫のそば。横浜赤レンガパークに立つ「旧横浜港駅プラットホーム」の歴史をクローズアップしてみましょう。

再利用で休憩所になったプラットホーム

横浜港に向かって横浜赤レンガ倉庫の左手には、青々とした芝生や、いろどり豊かな花畑が広がっています。横浜赤レンガパークです。
横浜赤レンガ倉庫からまっすぐに延びる道をよく見ると、線路の跡のような線が引かれ、その先には駅のプラットホームのようなものが見えます。オブジェのようにも見えますが、ベンチが置かれ、そこで休憩する人の姿があるので休憩所でしょうか?
横浜赤レンガパークの風景になじんでいるので、これが近代化産業遺産だとすぐに気づく人は少ないかもしれませんが、これこそがれっきとした歴史的建造物「旧横浜港駅プラットホーム」です。

東京と横浜の往来を支え続けた

旧横浜港駅プラットホームの話をする前に、まずは「横浜港駅」のことから。
「横浜港駅」は明治44年、横浜税関内の荷扱所としてつくられました。
大正9年に「横浜港駅」となり、横浜港に着岸した船からダイレクトにアクセスできる駅として利用されるようになりました。東京駅から初の汽船連絡列車が乗り入れ、駅を下りたらそのまま船へ。とても便利な駅として賑わいました。山下公園に停泊している氷川丸も、ここから航海へと旅立ったようです。
駅が横浜港の目の前という特徴から、「横浜港駅」に到着する列車は「岸壁列車」とも呼ばれていました。
プラットホームが設けられたのは昭和3年です。設置当時のプラットホームは140mあったそうで、なかなかに長いプラットホームだったと言えるでしょう。当時、東京駅から横浜港駅までは所要時間にして51分。運賃は2等で1円6銭。3等で53銭。カレーライスが15銭前後だった時代ですから、手軽に乗れる金額ではなかったことがうかがえます。
華やかな海外航路時代も終わり、汽船連絡列車も役目を終えました。そこで旧横浜港プラットホームを保存するために傷んでいた上屋を新素材で復元し、横浜赤レンガパークの休憩所としてよみがえらせたのです。

歴史スポットで休憩を

横浜赤レンガ倉庫の傍らで歴史を刻み続ける旧横浜港駅プラットホームは、明治維新後に目まぐるしいスピードで変化していった横浜港の歴史を感じられる横浜おすすめスポットです。
運賃が高くても、一度は乗ってみたいと多くの人から羨望の眼差しを向けられたであろう列車。横浜港をバックに走る列車は、かっこよかったに違いありません。横浜赤レンガパークを訪れたら、プラットホーム上のベンチに座って、その列車の勇ましい姿をイメージしてみるのも一興です。

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