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横浜中華街をもっと知ろう〜中国に関する豆知識〜

歴史

中国ではなぜお祝いに爆竹が鳴らされるのか?

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中国では、お祝いのときに爆竹を鳴らします。特に旧正月を迎える際には、驚くほど大量の爆竹が消費されたそうです。この風習は、横浜中華街でも見ることができます。獅子舞とともに盛大に打ち鳴らされる爆竹が中華街のあちこちで鳴り響き、観光イベントの目玉のひとつにもなっています。祝い事に欠かせない、爆竹のトリビアをご紹介しましょう。

中国ではいつから爆竹を鳴らすようになったのか

爆竹とは、大きな音の鳴る花火の一種です。花火と呼ばれるものが閃光を発生させて鑑賞するのを目的とするのに対して、爆竹は爆発音を発生させることを目的としています。構造は、竹筒や紙筒のなかに火薬を詰め、導火線を外側に出しておくというシンプルなもの。この導火線に点火することで、内部の火薬が爆発を起こして、大きな音が発生します。爆発を伴うので閃光も出ますが、量は少なく、そのために花火と呼ぶには足りないというわけです。その代わり、爆発によって破裂した火薬を詰めた紙袋や紙筒の破片が飛び散る様子を楽しむことができます。
爆竹は、その名称のとおり「竹を爆発させる」ものが起源です。竹は内部が中空となっているため、火にくべるとパチパチと音を立てます。これを魔除けや獣除けの道具にしたことが、爆竹の始まりでした。竹に火を付けて音を発する方法は、漢の時代の資料に残されているので、2千年前ぐらいには用いられるようになっていたようです。また、火薬が発明されたのは、中国の唐の時代(618年~907年)といわれているので、現在のようなかたちの爆竹は、これ以降に作られるようになったと考えられます。

爆竹にまつわる伝説

爆竹がお祝いに使われるのには、古来から伝わる伝説の影響があるようです。爆竹が使われている代表的な伝説を紹介しましょう。

『神異経』の「山魈」を追い払った爆竹

漢の都から西の方へ行った山奥に、姿形は人間に見えるけれど一本足の怪物がすんでいました。名前は「山魈(さんしょう)」。この怪物に出会うと、その人は高熱を出して苦しみながら死んでしまうため、周辺ではたいそう恐れられていました。
山のなかにいるだけならなんとか出会わないようにもできたのですが、山魈は春節になると人里に近づくようになってしまったのです。これに困った里の人たちはなんとかならないかと思案していましたが、あるとき山で竹を刈っていた人が、刈った竹を火にくべて暖を取っていると、そこへ山魈が出没。慌ててたき火をそのままに逃げようとしたところ、たき火の竹がはぜた音に驚いた山魈もまた、大慌てで山へと逃げていきました。
山魈の弱点が大きな音だと知った里の人たちは、正月を迎えるときにそれぞれの家の軒先で竹を燃やし、竹のはぜる音を盛大に出すようになりました。おかげでそれからは、山魈が人里に下りてきて人々を苦しめることもなくなったそうです。
このような竹を火にくべる爆竹は、南北朝時代(439年〜589年)には一般に用いられるようになっていました。

魔を払い幸運を呼び込む爆音

中国では昔から、大晦日に一家団らんの食事をする習わしがあります。この年越しの食事をする前に、魔除けとして爆竹を鳴らします。これを「閉門爆竹(へいもんばくちく)」と呼び、大晦日の日付が変わる子(ね)の刻ごろには、1年で最も盛大な爆竹を鳴らすのが習慣として定着しました。
また、新年を迎えた朝には、朝食前にも爆竹を鳴らします。これは「開門爆竹」と呼ばれています。このように中国では、爆竹で1年を締めくくり、新年のスタートを切る風習が今も続いているのです。
爆竹は、鳴らす回数によって呼び名と意味が異なります。3回は「連中三元」、4回は「福、禄、寿、喜」と呼んで、いずれもお祝いのめでたさを表現しています。6回は「六六大順」で、六が禄(=給料)に通じることから順風満帆の意味が込められています。また、100連発は「百子爆」と呼び、万事がうまくいき利益を得られるとされています。
うるさい、煙いと思っていた爆竹も、その意味を知れば「幸運が訪れることを教えてくれる天からの呼び声」に聞こえてきませんか? 春節の横浜中華街を訪れれば、そんな「幸運の爆音と硝煙」をたっぷりと浴びることができる、ちょっと変わった散策が楽しめるかもしれません。

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