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麻婆豆腐はお婆さんが作った料理?その由来とは

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中華料理の人気メニューである麻婆豆腐。お店ではもちろん、家庭の食卓に並ぶことも多い日本でもおなじみの料理ですが、その名前の由来はご存じですか?
「麻」に「婆」と書くので、麻という名前のお婆さんが作った料理なのかと思われがちですが、実際の由来は少し違うようです。今回は、麻婆豆腐の本当の由来を探ってみましょう。

3軒長屋で生まれた麻婆豆腐

麻婆豆腐が生まれたのは、およそ100年前の清王朝末期のこと。四川省の都・成都に住んでいたチャオチャオという顔にあばた(天然痘が治った後に、顔に残ったくぼみのようなもの)がある女性が生み出しました。
17歳で結婚したチャオチャオは、豆腐屋と羊肉屋と共に並ぶ3軒続きの長屋に夫と暮らしていましたが、夫は結婚して10年後に急死します。若くして未亡人となり、以降も独身を貫いたチャオチャオ。彼女が生活の糧として選んだのは料理でした。
チャオチャオの住まいの両隣にはそれぞれ豆腐屋と羊肉屋が並んでいて、そこから食材を調達していたので、豆腐と羊肉を使った料理を考案しました。その料理こそが「麻婆豆腐」です。チャオチャオ自身は当初「羊肉料理」と名付けていたそうですが、彼女が亡くなってからは名前に変化が。
「あばた」という意味をもつ「麻」の字と、「妻」や「身持ちの固いおばさん」という意味をもつ「婆」の字を合わせて「麻婆豆腐」と呼ばれるようになったそうです。

麻婆豆腐を日本で広めたのは陳建民

中国で人気を集めた麻婆豆腐を日本で広めたのは、“中華の鉄人”として知られる陳建一氏の父・陳建民氏と言われています。
そもそも本場の麻婆豆腐はとても辛い料理です。1952年に来日して、東京に店を構えた建民氏ですが、本場と同じ味付けでは受け入れられないと考え、最初は日本人の口に合うように辛さを控えめにして提供したといいます。その味は、辛さのなかにまろやかさがありながら、どこか甘みも感じられるもの。この味が一度食べたらクセになると評判を呼び、次第に親しまれるようになりました。
さらに、テレビでも取り上げられるようになると、その知名度や味は瞬く間に世間に広がることに。麻婆豆腐は、日本中の家庭で愛される料理となったのです。

日本人に衝撃を与えた画期的な豆腐料理

麻婆豆腐が日本人に受け入れられた理由として考えられるのが、味のギャップです。
麻婆豆腐が登場する以前の日本では、豆腐料理というと冷ややっこなどあっさりとしたものが多く、淡白な印象がありました。しかし、濃い味付けで作られた麻婆豆腐は、ご飯のおともにもぴったり。当時の日本人にとって、他の豆腐料理とは一線を画したものでした。
また、豆板醤や甜麺醤といった中華調味料や、手早く使える合わせ調味料などが普及したことで、家庭でも手軽に作ることができるようになったことも一役買ったと言えるでしょう。
それまでの概念を覆し、多くの日本人に衝撃を与えた麻婆豆腐。そのインパクトの大きさと手軽さが、日本で麻婆豆腐が広まった理由ではないでしょうか。

横浜中華街で麻婆豆腐の食べ比べを

いまや日本の家庭料理としても浸透している麻婆豆腐ですが、その歴史に思いをはせながら食べると、その味わいに何か感じるものがあるのではないでしょうか。お店によって味に特徴があるので、横浜中華街を訪れた際には、麻婆豆腐の食べ比べをしてみても面白いかもしれませんね。

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