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横浜中華街をもっと知ろう〜中国に関する豆知識〜

歴史

横浜中華街の玄関口、石川町の歴史

1606-01

みなとみらい線の海側からではなく、山側から横浜中華街にアクセスする場合、最寄りは根岸線の石川町駅です。横浜中華街への玄関口の一つでもある石川町駅および石川町の歴史をひも解きます。

舟運が盛んだった中村川

石川町駅から中村川と並行して元町方面に向かう通りは、石川商店街と呼ばれています。
飲食店やドラッグストア、美容室に雑貨屋と周辺に住む人たちの日常を支える店が並ぶ商店街ですが、かつては問屋街でした。中村川を利用して商品を運搬していたこともあり、石川商店街は中村川の舟運、ひいては横浜港とともに発展してきたといえます。
舟運に関わる人が多く暮らしていたこともあり、中村川には水上生活者が多く存在していました。中村川に停泊させた舟の中で生活する子どもたちのために、宿泊施設付きの小学校である日本水上学校が開校した1942年頃は、中村川の水上生活者が一番多い時期になります。
ちなみに水上学校と名がついていますが、水上ではなく陸の上に学校はありました。仕事で遠方に出かけ、家を空けることも多かった水上生活者の親を持つ子どもたちのために、宿泊施設を完備していたそうです。
今でこそ、舟もあまり通らない中村川ですが、当時の石川町での生活は中村川と密接なつながりを持っていたのです。1967年に日本水上学校が閉校してからは舟運も衰退し、1978年に首都高道路神奈川一号線が完成したことで中村川の周辺もがらりと変化。私たちが普段見慣れている石川町の景観になっていきました。

昔から交通の便のいいエリア

石川町駅が開業したのは1964年で、みなとみらい線が開通するまでは、横浜中華街へのアクセスの大半を占める駅として知られていましたが、昔から交通の便のいいエリアであることには変わりありません。
石川町駅ができたことにより役目を終えたので1972年に廃止されましたが、それまでは横浜市電という路面電車が走っていました。桜木町駅前から支庁前、石川商店街から元町商店街あたりを抜けて、本牧を目指す路線が石川町を通っていましたが、最盛期には20路線が横浜市内を走っていたそうです。
そんな交通の便が良かった石川町に、松屋銀座の前進となる店があったことをご存じですか?
1869年、初代である古屋徳兵衛が、横浜石川町に鶴屋呉服店を創業。関東大震災が起きて鶴屋呉服店が焼失してしまうまでの54年間、石川町で商売を営んでいました。
とても豪華な商品が並ぶ店だったようですが、こうした店が存在したということは、それだけ人の往来が多かったということの証ともいえるでしょう。

横浜中華街に立ち寄る前に

横浜中華街に立ち寄る前にちょっと寄り道、石川商店街を散策してみるのもいいですね。
今は高速道路の下になり、あまり目立たない中村川ですが、歴史を念頭に中村川を眺めれば当時の面影を感じられるかもしれません。前田橋を渡れば、もうそこは横浜中華街です。

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