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横浜中華街をもっと知ろう〜中国に関する豆知識〜

歴史

2016.05.12

三国志と関連があるお寺「横濵関帝廟」

1505-03

日本でも子どもからお年寄りまで親しまれている『三国志』。魏(ぎ)・呉(ご)・蜀(しょく)の三国が国権をかけて争った三国時代の歴史書ですが、その『三国志』とつながるお寺が横浜にあるのはご存じですか?
横浜中華街の観光スポットとしてもおなじみの横濵関帝廟(かんていびょう)なのだそうです。

英雄たちがポスターに。人気は時代を超えて

『三国志』は日本がまだ弥生時代だった頃に実際にあった物語です。中国から伝わった時期ははっきりしていませんが、かなり古い時代に伝来したとされています。
江戸時代には、人形浄瑠璃や歌舞伎の題材として取り上げられ人気の演目に。明治以降には小説として、さらに昭和に入ればマンガや映画にと実にさまざまなエンタテインメント作品として展開され、現代でも熱烈なファンがいます。2015年の年末には、横浜市営地下鉄の各駅構内に、曹操(そうそう)、 孫権(そんけん)、劉備(りゅうび)、そして諸葛孔明(しょかつこうめい)など『三国志』の武将たちをモデルにした啓発ポスターが張り出されたことでも話題を集めました。
壮大な中国の歴史の中でも、激しい変革の時代を駆け抜けた武将たちの熱い生き様が、私たちを魅了し続けるのではないでしょうか。

関羽の名で親しまれた関聖帝君

中国の歴史を描いた『三国志』の舞台は、当然ですが中国です。しかし横浜中華街でも『三国志』を身近に感じられる場所があります。それが横濵関帝廟です。
横濵関帝廟に祀られている神様は関聖帝君(かんせいていくん)。関聖帝君は実在した武将を神格化したものです。西暦160年前後の後漢、三国時代にかけて国家安泰のために立ち上がった高名な武将。姓は関、名は羽。関羽(かんう)という呼び名のほうがピンとくるかもしれません。
当時の中国は、飢饉と貧困が深刻化する苦しい時代でした。黄巾賊と呼ばれる頭に黄色の頭巾をかぶった者たちによる反乱を治めるため、関羽・張飛・劉備の三人で義兄弟の杯をかわします。
義に厚く、民衆を守ることに尽力したその功績から、関羽は関聖帝君として崇拝されるようになりました。

横濵関帝廟で「三国志」を見る

横浜中華街のなかでもひときわ賑わいを見せる横濵関帝廟のご利益は、交通安全・商売繁盛・入試合格・学問などで、これは信義を貫いた関羽の人柄が由来しているとされています。
煌びやかな本殿に佇む主神・関聖帝君の堂々とした姿は圧巻の一言。向かって右には息子であり側近でもあった關平将軍、左には部将・周蒼将軍の二神明像も祀られています。
見所の多い本殿ですが、「三国志」に関連しているものを挙げるなら「十四、青斗医師の壁面彫刻」でしょう。毒矢で負傷した関羽が、名医である華陀に右腕を切開治療させながら、もう片方で囲碁を楽しんでいるという「三国志」の場面が描かれています。

横浜で三国志の魅力に触れてみて

横浜中華街でも有数の観光スポットである横濵関帝廟が、「三国志」とつながっていることを知らなかった人も多いのではないでしょうか。書籍や漫画、ゲームなどお好みの媒体で「三国志」を覚えてから訪れたら、新たな発見があるかもしれませんね。

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