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横浜中華街をもっと知ろう〜中国に関する豆知識〜

文化

横浜で開花したパン文化

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あなたはご飯派? それともパン派でしょうか。いずれにしても、たっぷりのバター、そしてジャムやはちみつを塗って食べるパンは本当においしいですね。
ところで、日本におけるパン発祥の地が横浜だということはご存じですか。どのようにしてパンが誕生したのか、そして今も歴史を守り続けている横浜の名店をご紹介します。

日本のパン文化の始まり

1859年に横浜が開港すると、多くの外国人が来日してきました。
横浜には、その玄関口として外国人が住んだり、商売を営むことが許されたエリア・外人居留地が整備されます。まずは山下居留地、そして山手居留地が増設され、外国人がたくさん暮らすようになりました。
居留地に暮らす外国人だけでなく、貿易船に乗って来日した船員たちも多く滞在していましたが、そこに目をつけたのが、日本人の内海兵吉です。兵吉はフランス軍艦ドルドーニュ号に乗り込んでいたコックから教わりながら外国人の主食となるパンを焼きました。これだけ外国人がいるならば、パンが売れると踏んだのです。
パンというよりは焼まんじゅうのようなものだったようですが、それでも開港して間もない1860年に「和風パン屋」として開業します。

イギリスパンの秘密はホップ

こうして何件かのパン屋が開業していく中で、イギリス人のロバート・クラークが営むヨコハマベーカリーが頭角を現していきます。特に人気があったのが、イギリス風の食パン「イギリスパン」です。
そのおいしさには秘密がありました。それは、ビールの製造にも使用されるホップを使っていたこと。ホップでパン種を発酵させて作った生地はふわふわで、イギリス人をはじめとする外国人に高く評価されました。ホップは後のキリンビールとなるビール醸造所から分けてもらっていたようです。
ヨコハマベーカリーは1862年と内海兵吉よりも遅れて開業したものの、またたくまにイギリスパンを有名にさせました。今の私たちが食パンを食べるようになった、その礎をクラークが築いたといっても過言ではありません。
そんなクラークのもとへ、見習いとして入ったのがウチキパンの創業者である打木彦太郎です。

ウチキパンの誕生と現在

真面目に修行し、クラークの右腕と呼ばれるほどのパン職人になった彦太郎が、ヨコハマベーカリーの暖簾を譲り受けたのが1888年。ウチキパンの誕生です。クラークから教わったイギリスパンやフランスパン、バターロールなどさまざまなパンを焼いて、人気を博しました。
ウチキパンは、日本一古いパン屋さんとして現在も多くのファンがいる人気店です。みなとみらい線「元町・中華街駅」の元町口からすぐ、元町ショッピングストリートの中にあります。お店はガラス張りになっていて、「ウチキパン SINCE1888」とクラシカルなロゴで記されています。そのロゴの向こうに見えるのは、次々と並べられる焼きたてパン。目玉はもちろん、創業以来親しまれているホップを使った「イングランド」。クラーク仕込みのイギリス風食パンです。
元町ショッピングストリートを歩いていて、ミュシャの絵に登場するような美しい髪の長い女性が描かれた袋を持っている人を見かけたら、それはウチキパンに立ち寄った証。その袋には「イングランド」が入っているかもしれません。

ハマっ子たちの心意気を食べよう

パンだけでなく横浜発祥のグルメがとても多いのは、開港により、日本の中でもいち早く西洋の文化が入ってきたことが理由として挙げられます。
しかし、新しい文化を吸収しながら独自の文化へと昇華させ、今も変わらぬ味と伝統を守り続けてきたのはハマっ子たちの心意気。そうした歴史を噛みしめながら横浜発祥グルメを味わうと、また格別でしょう。。

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